ご希望のサッカースタジアム[サッカー場]情報を無料で検索できます。

ホームメイト・リサーチTOP

スポランド
サッカースタジアム[サッカー場]
トップページへ戻る
トップページへ戻る

サッカースタジアム[サッカー場]情報(秋)

秋のサッカースタジアム[サッカー場]情報



秋はヨーロッパサッカーの開幕の時期でもあり、サッカーファンにとっては楽しみなシーズン。とは言え人種のるつぼでもあるヨーロッパのトップリーグでは、いまだに人種差別問題が起こることもあり、国際サッカー連盟のFIFAは人種差別に対して厳格なペナルティを課しています。これはJリーグも同じで、日本でも差別行為を撤廃する取り組みやフェアプレーを徹底する運動が繰り広げられており、世界中の誰もが心地良くサッカーを楽しめる環境作りが行なわれているのです。

差別根絶に取り組むJリーグ

差別根絶に取り組むJリーグ

競技人口が多く、様々な人種が活躍しているサッカーにおいて、人種差別はいまだに根強い問題です。世界的な大会はもとより、日本においても差別根絶に向けた取り組みには力が注がれており、Jリーグでは差別撲滅への毅然とした態度を貫いています。1993年(平成5年)に産声を上げたJリーグは、今や年間の総入場者数が約800万から900万人に上り、サッカーを通して日本のスポーツ文化創造の一翼を担う役割を担うまでに成長。しかし、過去にはそのJリーグの試合において一部の観客が外国人選手に対する差別行為を行なったことが問題となり、その事態に厳しい措置が取られました。Jリーグが取った措置とは、国内初の「無観客試合」です。

無観客試合になったきっかけは、2014年(平成26年)3月に行なわれた浦和レッズとサガン鳥栖の試合で、浦和レッズの一部のサポーターが「JAPANESE ONLY」と書いた横断幕を観客入場口に掲出したこと。この「日本人以外お断り」とも取れる差別的な内容の横断幕は、ニュースでも大きく取り上げられました。Jリーグはこの事態を受け、浦和レッズに対して1試合を無観客試合とするというJリーグ史上でもっとも重い処分を下したのです。

この一件では、問題発生からわずか5日後に処分を決定したJリーグの迅速な対応が評価されましたが、これには国際サッカー連盟であるFIFAが2013年(平成25年)5月に採択した「人種差別主義及び人種差別撲滅に関する決議」が背景にあります。

選手もサポーターも一丸となってJリーグ、さらにはサッカー界から差別を根絶することは、サッカーに携わる人々個々が願ってやまない理想なのです。

3つのフェアプレー宣言

サッカーにおける差別根絶の気運が高まる中、2013年(平成25年)11月、日本サッカー協会は、Jリーグにおいての差別行為に対する新たな懲罰規定を決定しました。以前の無観客試合措置などからスタジアムの内外へ向けて差別撲滅の意思を示してきたJリーグですが、2014年(平成26年)には世界に誇れるプロリーグを目指すべく「3つのフェアプレー宣言」を発表しています。

3つのフェアプレー宣言の内容は

  • ルール尊守を求めるピッチ上のフェアプレー
  • 健全な経営を求めるフィナンシャル・フェアプレー
  • 差別の根絶や反社会的勢力との関係遮断や社会的責任を果たすソーシャル・フェアプレー

であり、上記の順守に向けた活動に取り組んでいます。

その代表的な活動が、年間約4,000回も行なわれている「ホームタウン活動」と呼ばれるもの。この活動では選手やサポーターが地域住民と力を合わせ、サッカーを通じた差別啓発活動や地域貢献を行なっているのです。

サッカーのグリーンカード

サッカーの試合を見ていると、選手に対する警告でレッドカードやイエローカードが出されるシーンをよく目にしますが、実はレッドカード、イエローカードの他にもう1枚「グリーンカード」があるのはご存知でしょうか?

グリーンカードは、選手に対する教育的側面からフェアプレー・マナー・頑張りを讃えるために主審が提示するカードで、日本サッカー協会が2004年度(平成16年)にU-12以下に対してこの制度を導入しました。導入の理由は、これからサッカー界を担う若い選手にフェアプレーを推進するためで、選手だけでなく終始フェアな態度で試合に挑んだチームにも与えられます。

グリーンカードが掲示される際は、主審がプレーを中断する必要はなく、中断タイミングが発生した際に対象プレイヤーに対して掲示されます。

成人の試合ながら、元日本代表の名波浩選手の引退試合では相手の北澤豪選手にグリーンカードが掲示されたこともあります。

ピッチで活躍する選手に大きな拍手が送られるのは、サッカーの技術に対してだけではありません。相手選手を思いやる姿勢や相手国を重んじる姿勢、そしてそれらが現れるフェアプレーに私たちは拍手を送っているのです。

ロード中
ロード中
ロード中

秋は徐々に陽ざしが心地良く感じるようになり、体を動かすには最適の季節です。サッカーはボールひとつあれば、いつでもどこでもプレーができる手軽さから、世界中で絶大な人気を誇っています。秋になると全国各地で大会も開かれ、今では子供だけでなく女性も夢中になるスポーツとして、プロ選手を目指す人も増えています。

サッカーボール

サッカーボール

サッカーボールにも、形状や材質などいろいろありますが、アマチュアの大会やプロの公式戦では、日本サッカー協会などの規定にしたがったボールを使用しなければなりません。公式戦使用ボールでは、材質は皮革などで、外周は68~70cm、重さは410~450g、空気圧は0.6~1.1気圧などと細かく決められています。ただし、16歳未満が出場する大会や、女子だけの大会などは例外で、大きさ・重さ・材質の規定が若干変更されることが許されています。ワールドカップなど「FIFA(国際サッカー連盟)」主催の試合では、FIFAの検定印を刻印したボールを使用します。

こうした規定は、昔から定められていたものではなく、近代になってから採用されています。例えば、人工皮革製のものが使用されるようになったのは1986年(昭和61年)のワールドカップ・メキシコ大会からです。それまでは天然皮革製を使用していたため、雨が降ると水分を含んで重くなり、ゲームに大きな影響を与えることも頻繁にありました。

表面にある外部パネルの構造も、1960年代頃までは、12枚または18枚の細長い皮をつなぎ合わせて構成する形状のものを使用していました。現在主流となっているのは、12枚の五角形と20枚の六角形の皮をつなぎ合わせた切頂二十面体のボールで、1970年(昭和45年)のワールドカップ・メキシコ大会で最初に使用されました。白色と黒色で構成されるようになったのもこの頃で、世界的にモノクロテレビが普及してきたという時代背景があります。

その後、サッカーボールのデザインも多様化し、ワールドカップでも毎年違ったデザインのサッカーボールが採用されます。2006年(平成18年)のドイツ大会では、6枚のプロペラ状のパネルと、8枚のローター状のパネルを組み合わせた形状のボールが使用されました。より真球に近いだけでなく、カラフルさが目を引きました。その後もサッカーボールの形状はいくつも考察され、近年ではゴールの判定をより正確にするため、ICチップを内蔵したボールの開発も進んでいます。

女子サッカーリーグ

日本のプロスポーツの中で、近年注目度が高い競技のひとつに、女子サッカーがあります。涼しくなってくるこの季節は屋外でのスポーツが快適となり、女性もサッカーを楽しめる季節です。

日本の女子サッカーの最高峰に位置するのが、日本女子サッカーリーグです。日本女子サッカー連盟が設立されたのは1979年(昭和54年)で、リーグ戦形式が確立されたのは1989年(平成元年)です。その後、1991年(平成3年)の第1回FIFA世界選手権を経て、1994年(平成6年)に正式名称を「Lリーグ」とし、2004年(平成16年)にリーグの愛称を「なでしこリーグ」として新たなスタートを切りました。女子選手の活躍は目覚ましく、2011年(平成23年)のFIFA女子ワールドカップ・ドイツ大会では見事優勝に輝き、国民栄誉賞を受賞する程の話題を集めました。この優勝を機に、観客動員が一気に増加するとともに、サッカーを始める女性も増加しました。

2015年(平成27年)からは、リーグ構想が男子同様のピラミッド型へと変更し、その内訳は、下から「都道府県リーグ」「地域リーグ」「チャレンジリーグ」「なでしこリーグ第2部」「なでしこリーグ第1部」となっています。8月~11月までは、レギュラーシリーズ上位6チームによる「エキサイティングシリーズ」が開幕し、年間優勝を決めます。このエキサイティングシリーズで優勝したチームは、「国際女子サッカークラブ選手権」への出場権も獲得します。

ジュニアサッカー

近年、ヨーロッパをはじめとする世界の強豪チームが、日本のサッカー少年を指導するキャンプが開催されています。これは、国境を越えてサッカーの底上げを図るとともに、優れたサッカー選手を育成していくためのものです。

クラブやチームによって練習方法などは異なりますが、技術面・戦術面・メンタル面など幅広い指導法は、多くの有名選手を輩出してきた実績があり、何よりも有名クラブの下部組織であることが、サッカー少年の心をとらえ、世界へ羽ばたく可能性を開いてくれます。


屋外のスポーツで気軽にできるサッカーは、子供から大人まで楽しめるスポーツ。ドリブルやリフティングなどをしたり、数人でチームを組んでプレーができます。

サッカーの日(11月11日)

サッカーの日(11月11日)

スポーツ用品メーカーが一般に募集した「スポーツ記念日」のひとつで、サッカーが11人で競技することと、11・11が、人の足とボールに似ていることが由来となっています。もともとサッカーのようにボールを蹴るゲームは、古くからありました。平安時代に日本の宮中で流行した蹴鞠(けまり)は中国から伝わったとされ、似たような遊びは世界中で行なわれていました。これをゲーム形式にして、現代のサッカーの基礎を築いたのは、19世紀のイングランドです。それまで学生たちの間で独自に行なわれていたので、他校と試合をするためにルールを決めたのが始まりです。この時にイングランドのフットボール協会が主体となり、ボールを手で触ったり、相手のスネを蹴ったりしてはいけないなどの規則が定められました。このルールを決める会議で、大きく分かれたのが、手を使うことのぜひでした。当時はボールを持って走ることができていたためです。そこで、片方の団体は現在のサッカーのルールとなり、もう一方はラグビーとして別々の道を進んでいくことになりました。

日本にサッカーが伝わったのは、1873年と言われています。当時の英国海軍と日本人の海軍の軍人同士が余暇として遊んだことが始まりです。その約半世紀後の1918年に各地でサッカーの大会が開催され、翌1919年には、現在の日本サッカー協会が設立されました。

サッカーのルールは、現代ではさらに細かく規定されています。例えば、フィールドは縦90~120m、横45~90mで、基準値は縦105m、横68mです。ゴールのサイズは高さ2.44m、幅7.32mです。ボールは、外周68~70cm、重さ410~450gとなっていて、白と黒に塗った五角形と六角形の模様に定められています。試合時間は、前後半45分、ハーフタイム15分で、勝敗がつかない場合は延長戦かペナルティーキックによって決めます。

サッカーは、イングランドを含む英語圏では「フットボール」と呼び、「サッカー」と呼ぶのは、日本や北米、オセアニア、アイルランドなどです。その他、ドイツ語圏では「フースバル」、スペイン語圏では「フットバル」、中国では「ツーチォ」または「ツォッカウ」など様々です。イタリアでは「カルチョ」と呼びますが、これを語源にしてサッカー賭博の「トトカルチョ」という言葉が生まれました。

Jリーグカップ

Jリーグカップ

通常のJリーグの公式戦とは別に、春からスタートしたJリーグカップ(ヤマザキナビスコカップ)が、初秋を迎えると大詰めに入ります。予選リーグを勝ち抜いた8チームによる決勝トーナメントが開催され、決勝戦が11月3日頃に開催されます。同大会は、J1所属の全チームが参加する日本最高峰の大会のひとつで、通常のJリーグと並行して予選リーグ、決勝トーナメントが開催されます。決勝トーナメントまではホーム&アウェイ形式で2試合ずつ行なわれます。それを勝ち抜いた2チームが中立地のサッカー場に集まり、一発勝負の決勝戦を行ないます。決勝戦は、スタジアムDJがそれぞれホームゲームで行なわれている方式で、個性豊かにメンバーを発表します。また、主催者主導によるマスゲームのような演出が行なわれるなど、スタジアムは通常とは異なるおもむきで盛り上がります。こうした演出や、1試合限定という緊迫感があるため、チケットは完売状態が続いています。優勝チームは、翌年に開催される「スルガ銀行チャンピオンシップ」に日本代表として出場し、南米の国際大会「コパ・トタル・スダメリカーナ」の優勝チームと対戦します。また、Jリーグカップとヤマザキナビスコカップの2杯が授与される他、賞金1億円が贈られます。