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サッカー情報

サッカー天皇杯、創設の秘密



天皇杯は、プロチーム・アマチュアチームを問わず、Jリーグチームから高校年代まですべてのチームに出場資格が与えられる、日本最大のオープントーナメントです。実はこの大会の始まりには、サッカーの母国イングランドが深く関わっていたのです。

天皇杯の長い歴史

天皇杯の長い歴史

天皇杯はイングランドのFAカップを倣って1921年に始まり、中断時期があるものの、2013年度で第93回大会が開催される、歴史ある大会です。Jリーグ開幕以降は、リーグ戦、ナビスコカップと並んで3大タイトルのひとつとされ、プロ・アマ問わず、日本中のサッカーチームが優勝を目指します。Jリーグチームにとっては、AFCチャンピオンズリーグの出場権がかかった大会とあって、翌年のアジア挑戦を目指す最後の舞台となっています。また、毎年決勝戦が、国立競技場で元日に行なわれることでも知られており、全国高等学校サッカー選手権大会と並んで、年明けの風物詩となっています。

カップを授与するために作られた大会?

カップを授与するために作られた大会?

1918年、東京など3都市で、サッカーの大会が行なわれました。このことを知った、当時の英国大使館のウィリアム・ヘイグ氏が、日本のサッカー普及のために、全国大会優勝チームに授与するためのカップを寄贈することを提案しました。これを受けて、イングランドのサッカー協会(FA)は、純銀製の「FAシルバーカップ」を制作し、日本のサッカー協会に寄贈すべく、東京の英国大使館に送ったのです。しかし、日本蹴球協会(現在の日本サッカー協会)が創立したのは、1921年のこと。実は、このFAシルバーカップを贈られたことがきっかけで、あわててサッカー協会を設立することとなったのです。またサッカーの全国大会となる「ア式全國優勝競技會」も、その年に開催することが決まり、FAシルバーカップが優勝チームに授与されることになりました。翌年からはFA杯全日本蹴球選手権大会と名前を変え、現在の天皇杯に続く大会となったのです。

友好と平和のシンボルとして

友好と平和のシンボルとして

日本中のサッカー選手の目標となっていったFAシルバーカップですが、第二次大戦中の1945年、政府に献納され、溶かされてしまいます。戦後、1947年に昭和天皇が東西対抗試合を天覧されたことがきっかけで、JFAが天皇杯を拝受すると、1951年から全日本選手権の優勝チームに贈呈されることとなり、大会名も天皇杯全日本サッカー選手権大会と変更されました。日本サッカー協会の設立と、天皇杯のスタートから90周年を迎えた2011年、日本サッカー協会の小倉純二会長は、FAのバーンスタイン会長と面会しました。そこで、FAシルバーカップがサッカー協会の設立のきっかけとなったことを説明し、戦争によって失われたことを謝罪しました。そして90周年を記念して、新たにFAシルバーカップを作る許可をもらえないかと話したとき、バーンスタイン会長は、FAがもう一度作り、あらためて寄贈すると返事しました。そうして日英両国の友好と、平和のシンボルともいえるFAシルバーカップは、再び日本に贈られることとなったのです。これ以降、天皇杯の優勝チームには、天皇杯と共に、復刻されたFAシルバーカップが授与されることになりました。