ご希望のサッカースタジアム情報を無料で検索できます。

施設検索/ホームメイト・リサーチTOP

スポランド
サッカースタジアム
トップページへ戻る
トップページへ戻る

サッカー情報

雪の決勝戦



1918年に第1回大会が開催され、長い歴史を誇る全国高等学校サッカー選手権大会では、数々の名試合が繰り広げられてきました。そのなかでも豊富なタレントが出場した1997年度大会で、雪が積もった真っ白な国立競技場で行なわれた決勝戦は、いまも語り継がれる試合となりました。

タレントがそろう黄金世代

タレントがそろう黄金世代

1997年の高校サッカーで、最も注目を集めた選手は、おそらく清水商業高等学校の小野伸二選手でした。並外れたテクニックで、Jリーグチームからも注目され、13クラブからオファーを受けたほど。しかし高校サッカー選手権では、強豪ひしめく静岡県予選を突破することができず、一度も出場することができませんでした。この世代は他にも、後に1999年のワールドユース(現U-20ワールドカップ)で準優勝するメンバーなど、ゴールデンエイジと呼ばれるほどタレントがそろっていました。鹿島アントラーズの小笠原満男選手、日本代表で国際試合最多出場記録を持つ遠藤保仁選手、そして高校サッカー選手権の決勝で相見えた東福岡の本山雅志選手、帝京の中田浩二選手などが、ハイレベルなプレーで大会を盛り上げました。

三冠を掛けた東福岡、雪辱に燃える帝京

三冠を掛けた東福岡、雪辱に燃える帝京

たくさんのスター選手がひしめくなかで、チームとして最強を誇ったのは、東福岡高校でした。エースの本山雅志選手をはじめ、手島和希選手、古賀誠史選手、金子聖司選手、千代反田充選手など、のちのJリーガーを何人も擁し、高校総体(インターハイ)で優勝、全日本ユース選手権の決勝では小野伸二選手擁する清水商業高校を3-2で退けて制覇し、チーム結成以来公式戦負けなしで、高校サッカー史上初の三冠を掛けて高校サッカー選手権に臨みました。

決勝の相手となったのは、ボランチの中田浩二選手や木島良輔選手を中心に、6年ぶり7度目の優勝を狙った名門・帝京高校でした。高校総体では決勝で東福岡に3-4で敗れ、雪辱を期して勝ち上がってきたのです。

雪の決勝戦を制して三冠達成

雪の決勝戦を制して三冠達成

高校総体決勝の再現となった1月8日の決勝戦、東京・国立競技場は記録的な大雪に見舞われました。ボールは黄色のものが使われるほど、フィールドに雪が積もり、最悪のコンディションのなか、先制したのは帝京高校でした。前半21分、中田浩二選手のロングボールを、金杉伸二選手が頭で合わせました。しかし個々のテクニックで勝る東福岡高校は、24分にゴール前に送ったグラウンダーのゴールを蹴り込み、すぐさま同点とすると、後半5分にはエース本山選手のパスからゴールを決めて逆転。中田浩二選手が「ロングボールの蹴り合いになる」と考え、自ら起点となって先制した帝京高校を、ボールが雪で止まりやすいことを考え、速いグラウンダーのボールをゴール前に送った東福岡高校が破り、公式戦49連勝という驚異的な成績で、高校サッカー史上初の三冠を達成したのです。いまだに高校サッカーファンのなかでは、史上最強のチームとしてこのときの東福岡高校を挙げる人は少なくありません。

この試合から3年後の2000年シーズン、鹿島アントラーズでチームメイトとなった本山雅志選手と中田浩二選手は、ナビスコカップ、Jリーグチャンピオンシップを制覇。そして、同じく高校サッカーを彩った小笠原満男選手のVゴールで天皇杯を優勝して、Jリーグ初の三冠を達成したのでした。