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ハットトリックで2つのギネス記録



2012年、惜しまれつつ現役を引退した中山雅史選手は、日本サッカーを代表するストライカーとして長年Jリーグの舞台で活躍してきました。熱いハートで勇猛果敢に相手ゴールに迫るプレースタイルで多くのゴールを決め、数々の記録を打ち立てましたが、なんとハットトリックにまつわる2つのギネス記録も持っているのです。

Jリーグ最高のストライカー

Jリーグ最高のストライカー

中山雅史選手は、Jリーグ開幕前の1990年にヤマハ発動機のサッカー部(現ジュビロ磐田)に入部しました。1992年の広島アジアカップで日本代表に選出されると、優勝に貢献して代表に定着。Jリーグ開幕初年度の1993年は、2部リーグにあたるJFLの所属となったのですが、アメリカワールドカップ予選にも日本代表として出場しました。抜群の得点力はもちろん、明るいキャラクターや熱意のあふれるプレースタイルでチームを引っ張り、サポーターの人気も高い選手でした。Jリーグでは通算157得点で歴代1位、1試合5得点は呂比須ワグナー選手などと並んで1位タイ記録など、輝かしい記録を残しました。

歴代最高の成績を残したジュビロ磐田

歴代最高の成績を残したジュビロ磐田

1993年の開幕時には、Jリーグへの参加が叶わなかったジュビロ磐田ですが、JFLで準優勝して翌年からJリーグ入りすると、元イタリア代表のスキラッチ選手や、ブラジル代表のドゥンガ選手など大物外国人を迎えます。日本人選手も藤田俊哉選手や名波浩選手など、後に日本代表で活躍する選手が続々と入団しました。1997年に2ndステージで初のステージ優勝を飾ると、チャンピオンシップでは強豪鹿島アントラーズを破って年間王者に輝きます。そして迎えた1998年、ジュビロ磐田は1stステージで優勝、2ndステージは2位だったものの、リーグ戦34試合で107得点、得失点差プラス68という歴代最高の成績を挙げました。

4試合連続ハットトリック

4試合連続ハットトリック

1998年の驚異的な得点力を誇ったジュビロ磐田の得点源となったのが、エースストライカーの中山雅史選手でした。ギネス記録の始まりは、1stステージの第6節でした。セレッソ大阪を相手に5ゴールを挙げチームは9-0で快勝すると、続く第7節サンフレッチェ広島戦で4ゴール、第8節アビスパ福岡戦でも4ゴールと連続でハットトリックを決めました。そして第9節のコンサドーレ札幌戦、前半41分にドゥンガ選手のコーナーキックから先制点となる1得点目を決めると、後半27分に自ら獲得したPKで2点目を入れ、後半36分にハットトリックとなる3点目を決めました。この4試合で16ゴールを決め、中山雅史選手は、ギネス記録となった1シーズンで36得点のシーズン最多得点記録を樹立し、この年の得点王、そしてMVPに輝いたのです。

国際試合で世界最速ハットトリック

国際試合で世界最速ハットトリック

中山雅史選手には、ハットトリックに関するギネス記録がもうひとつあります。それが国際試合におけるハットトリック最速記録です。日本代表としても、ワールドカップでの日本人初得点を記録するなど、53試合に出場して、通算21得点と活躍した中山雅史選手。記録が生まれたのは、日韓ワールドカップに向けて大切な一戦となる2000年のアジアカップ予選のブルネイ戦でした。開始1分に三浦知良選手がドリブルし、相手ゴールキーパーと接触したこぼれ球に反応して1点目を決めると、その直後に再び三浦知良選手のシュートをゴールキーパーがはじいたところを詰めて2点目。そして前半3分15秒にゴール前でボールを受け、左足を振り抜き3点目を決め、世界最速のハットトリックを決めたのでした。これ以前の記録は1938年にイングランド代表のジョージ・ホールがマークした3分30秒だったそうで、実に62年ぶりの記録更新となりました。